テーマ:奥の細道

那谷寺 

車で巡る奥の細道 こんにちわ! 訪問いただき ありがとうございます。 今回は石川県の小松市那谷町にある 那谷寺白山信仰の寺で、命名にあたり、西国33ヶ所霊場の第1番「那智山」と33番「谷汲山」から那谷(なた)とされたとある。 奥の細道では・・・8月5日:朝のうち曇。芭蕉と北枝は那谷へ行く。曾良は、体調優れずここで芭蕉と別れて先…
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建聖寺 (小松)

車で巡る奥の細道小松にやって参りました。 小松空港も側ですので 空からも行けますね! 奥の細道では とりあえず立ち寄り先は建聖寺(けんしょうじ)元禄2年(1689)7月24日(陽暦9月7日)小松に到着した芭蕉 立花北枝による座像の芭蕉木造が残されている。境内には、翁塚と句碑があるが 私は句碑を見つけることが出来なかった!? …
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多太神社 (小松)

こんにちわ! 今回は 石川県 小松市上本折町の多太神社の紹介です。 この神社には松尾芭蕉が元禄2(1689)年に立ち寄っています 2008年4月最新情報を追加! 「此所、太田(多太)の神社に詣。実盛が甲・錦の切あり。往昔、源氏に属せし時、義朝公より給(賜)はらせ給とかや。げにも平士のものにあらず。目庇より吹返しまで、菊から(…
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本折日吉神社 (小松市)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回も小松市の中での紹介です。小松市の日吉神社にいきましょう。 芭蕉が奥の細道の旅の途中、元禄2年(1689)7月24日(陽暦9月7日)小松に入り近江屋という旅宿に泊まった。翌25日出立せんとしたが小松の人々に引留められ、小松山王宮神主藤村伊豆守章重(俳号)鼓蟾(こせん)の館に一泊し、同夜芭蕉はじめ曾良…
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兎橋神社 (小松市)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回は小松市の兎橋神社の紹介です。 奥の細道では 俳聖松尾芭蕉は、かの有名な『奥の細道』の道中で、当社を参詣している。元禄二年(一六八九)、随伴した河合曽良の随行日記に「七月二十七日快晴、所ノ諏訪宮祭ノ由聞テ詣」との記載がある。「しほらしき 名や小松ふく 萩すすき」はそのときに詠まれた句で、莵橋神社境…
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小松天満宮 (小松市)

車で巡る奥の細道 今回は石川県 小松市の小松天満宮の紹介です。 奥の細道では・・ 安宅ノ関を出て少し走ると 松井秀喜ベースボールミュージアムの側を通ります。 そしてたどり着いたのが小松天満宮 3代藩主前田利常が加賀の新しい都(小松)に祖先神である菅原道真公を祭神として創建したお社である、小松市天神町にあり、「天神さん」「梅…
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安宅ノ関

車で巡る奥の細道 こんにちわ! 訪問ありがとうございます。 金沢から小松へと向かって安宅町にきました。 芭蕉はここには訪れていませんが 義経に関係する場所なので僕が勝手に行きました。 今回は安宅の関です。ここは本来ある関ではなく 義経を捕らえる為に作られた関だそうです。 源平壇ノ浦の合戦で平家を滅ぼした源義経は、生来の猜…
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本龍寺 (金沢市金石西三丁目)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!金沢を発って小松に向かう途中に本龍寺に句碑があるので寄って見ました。 7月23日(陽暦9月6日)、芭蕉は金沢の俳人雲口を主とした人々に誘われて、宮の腰(金石)を訪れた。 本龍寺境内には江戸後期の豪商銭屋五兵衛の墓がある。銭屋五兵衛は、加賀の人で、主に日本海側や大阪などとの間での海運、問屋、両替商な…
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兼六園 (金沢)

車で巡る奥の細道こんにちわ!今回の紹介は兼六園の中にある、芭蕉の句碑です。 奥の細道では・・ 金沢に10日間滞在した芭蕉は、金沢の俳人たちに招かれ、句会を開いたり、野田山や宮腰(日本海岸の金石)へ散策をしたりしています。 兼六園 水戸偕楽園(かいらくえん)、岡山後楽園(こうらくえん)とならぶ日本三名園の一つ、兼六園。兼六…
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成学寺 (金沢野町)

車で巡る奥の細道こんにちわ!金沢市内 車は使わず歩いて巡っています。成学寺は妙立寺の前の道を犀川に向かって蛤坂を下りて行きます。途中の左側にありますよ! 成学寺 成学寺は金沢の寺町寺院群にある浄土宗のお寺です。成学寺では菅原道真が祀られています。成学寺の境内には芭蕉の句碑があります。成学寺の塀の上にのった風神、雷神の石像がユニークで…
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犀川へ (金沢)

車で巡る奥の細道 金沢を歩いています。車は駐車場に置いたまま! こんにちわ! 犀川に行きます、成学寺から どんどん犀川に向かって歩きます。 蛤坂の 標柱です、これを過ぎて川の遊歩道に降りて 遊歩道を少し歩いた所に芭蕉の句碑があります。 川の遊歩道に降りて 遊歩道歩いていきます。 たどり着きました あかあかと 日…
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本長寺 (金沢)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今更なんですが こんにちわ!こんにちは!がどちらが正しいか??はですよね! 今回は本長寺の紹介になりました。 本長寺は金沢の寺町寺院群にある顕本法華宗のお寺です。 入り口が工事中ということで句碑だけの 撮影になりました。 春もやや けしき調ふ 月と梅 本当に これしか撮ってこなかった。500…
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長久寺 (金沢)

車で巡る奥の細道 訪問いただきありがとうございます! こんにちわ!今回は金沢の寺町寺院群の長久寺の紹介です。 長久寺 前田利春の三女で初代利家の妹・津世の菩提寺でもある。境内には芭蕉の碑や、樹齢400年近くになる金沢市保存樹の銀木犀がある。 犀川のほとりにあった一泉の松幻庵で句会。「残暑しばし手毎にれうれ瓜茄子」を発句とし…
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願念寺 金沢へ 

車で巡る奥の細道こんにちわ! 訪問ありがとうございます。 金沢に入っていきますよ!ここは云わずと知れた石川県 松井の故郷でもあります。 8月末の暑い盛りの季節富山方向から倶利伽藍峠を越えて金沢に入り(午後2時20分頃)、芭蕉と曾良は、金沢城下北の玄関口、浅野川のほとりで宿をとりました 願念寺 願念寺は芭蕉の弟子、小杉一笑の菩提…
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倶利伽羅峠へ

車で巡る奥の細道 奈呉ノ浦を発った芭蕉は何処に行ったのか? 奥の細道では・・ 那古の浦に至った芭蕉は、さらに同じく万葉の歌枕の地である有磯海(ありそうみ)、擔籠の藤浪(たごのふじなみ)を訪れようとします。しかし土地の人から「ここから五里もあるし、行く先には泊めてくれる宿もない」とおどされ、断念。そのまま高岡の街へ向かい、ここで一泊…
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荒屋神社 (新湊)

車で巡る奥の細道 こんにちわ! 今回は射水市(新湊)の荒屋神社の紹介になります。 奥の細道では・・ 荒屋神社 この神社は県道350号線・公園前信号を南下すると、すぐ左手に鎮座しています。案内が無く、この神社の創建、由緒、御祭神は不明ですが、境内の曳山蔵内の八幡町曳山は明和7年(1770)の建造、前人形(からくり)は「唐子の…
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放生津八幡宮 (新湊)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回はまだ富山にいます、射水市の放生津八幡宮に行きました。 奥の細道では・・ 聖武天皇の御代天平18年(746)大伴家持が越中国守として在任中、常に奈呉の浦の景勝を愛せられ、九州の宇佐八幡神を観請し、奈呉八幡宮と称したのが創始であると言われています。 境内には「あゆの風 いたく吹くらし 奈呉の海…
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水橋神社 (富山市)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回の紹介は 富山市の水橋神社です。 奥の細道では・・ 源義経が奥州に下る際水橋大河お畔に来て、渡河しようとしたが案内人がなく困っていたところ、この神社の化身である蜑老人という人が忽然と現れ、瀬を渡してくれたといわれます。 義経主従は、無事渡河できたのは蜑瀬大神のお導きと喜び、この神社に参詣…
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徳城寺 (滑川)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回は徳城寺(滑川)の紹介です。 奥の細道では・・ 松尾芭蕉は門人曾良と供に、みちのくから日本海側の越後を通り、旧暦7月13日越中へ足を踏み入れ、同夜は滑川で宿した。 境内には高くそびえて八角形の鐘楼が建つが御堂と見間違えて近付き鐘楼と感づき珍しさに見とれる 他に石佛像が多く収まる長い御堂が建つ…
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滑川の芭蕉宿泊の碑

こんにちわ! 滑川で新しい奥の細道関連の物を見つけました! 芭蕉宿泊の碑 あの難しい読み方の 櫟原神社(いちはら)の周りで車をどこに止めようか?回っている時 こんな 建設途中のものが在りました! 芭蕉宿泊のまち この先はもう海です その又先に見えるのは能登半島です! ただ これだけです!すいません{%tohoho_a…
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櫟原神社(滑川)

車で巡る奥の細道 こんにちわ! 今回は富山の3つ目 滑川櫟原神社(いちはら)の紹介をいたします。 奥の細道では・・ ここ滑川で一泊するんですよね! 櫟原神社 富山県 滑川市にある。神明町に鎮座し狭い道と海の間にある。 しばらくは 花のうへなる 月夜かな 説明の紙があったのですが 風邪でくしゃくしゃでした。 …
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黒部川 (四十八ヶ瀬)

こんにちわ! 車で巡る奥の細道 黒部川にやってきました(2008・5月) 奥の細道では・・ くろべ四十八が瀬とかや、数しらぬ川をわたりて、那古と云浦に出。担籠の藤浪は、春ならずとも、初秋の哀とふべきものをと、人に尋れば、「是より五里、いそ伝ひして、むかふの山陰にいり、蜑の苫ぶきかすかなれば、蘆の一夜の宿かすものあるまじ」といひをど…
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朝日町元屋敷

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回は市振を発った芭蕉は何処に立ち寄るんでしょうか? 奥の細道では 芭蕉らは、7月13日早朝、市振を出発した。新潟県糸魚川市市振から富山県朝日町をへて、入善町に入った。ここでは馬の便が無く、人足を求めて荷物を運ばせたようだ。黒部川をはじめ黒部四十八が瀬の多くの川を越え、夕方、滑川に到着してそこに一泊し…
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長円寺(市振)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回は市振の長円寺の紹介をします。まず最初に 長円寺 長円寺境内に相馬御風書による「一つ家に遊女も寝たり萩と月」の一句が刻み込まれている。芭蕉は、ここで伊勢詣りの2人連れの遊女と同宿、旅の心細さから、道連れを切望されたが、断った。しかし、別れてからも遊女の心情を思いやり「哀れさしばらくやまざりけらし」…
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親不知・子不知

こんにちわ! 北陸の新潟県の西側の県境近くに親知らず~市振(いちぶり)の間に天下の剣といわれる難所があります。 糸魚川静岡構造線(糸静線)の日本海側の端に当たる。新潟県糸魚川市、JR北陸本線の青海駅から市振駅の間に位置する。断崖は飛騨山脈の北端が日本海によって侵食されたために生まれたものである。 西の市振(いちぶり)地区までが…
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親不知~市振

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回は糸魚川市市振まで紹介です。 7月12日。天気快晴。新潟県の能生町を出発。糸魚川の早川という川で芭蕉は足を滑らせて衣類を濡らしてしまった。河原で乾燥させてから、再出発。昼、糸魚川の新屋町左五右衛門宅で休憩。夕刻5時、市振に到着。「桔梗屋」という旅籠に宿泊したとなっています。 奥の細道絵巻-市振  …
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白山神社(能生町)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!上越高田を発った芭蕉は 国分寺と居多神社(こたじんじゃ)を回り能生まで来たはずです。 記録によると!? 「奥の細道随行日記」によると元禄2年(1689年)7月11日(陽暦8月25日)は快晴でかなり暑かった。芭蕉主従は午前10時すぎに高田を出て五智を経て名立に泊まる予定だったが紹介状が届いていなかったの…
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正輪寺(上越高田)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!今回は少し内陸に入りまして 上越高田の正輪寺に行きました。 奥の細道ではなんと記しているんでしょうか? 高田の医師春庵(しゅんあん)宅に呼ばれ『薬蘭(やくらん)にいづれの花を草枕』を詠んでいます。雨が降り続きここに足止めを喰らったようで、2日更に宿泊し、新暦8月25日ようやく晴れたので、高田を出発、五…
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五智国分寺 (上越)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!上越市の二つ目は五智国分寺です。直江津の琴平神社から3キロぐらいです。 五智国分寺 天平年間(729~749)に創設された越後の国分寺。1562年(永禄5)上杉謙信の再興と伝わる。1856年(安政3)建立で、高さ25mの三重塔には十二支の彫刻が施され、伽藍は未完ながら県の文化財に指定。本堂は焼失し…
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琴平神社(直江津)

車で巡る奥の細道 こんにちわ!出雲崎の次は本当は柏崎なんですが 今回2007年は地震の影響で柏崎には入れなかったので 上越市まで 行ってしまいました。 奥の細道では 弥彦から寺泊-山田と通り出雲崎で宿泊し、新暦8月19日に柏崎に到着。紹介を受けていた天屋弥惣兵衛を訪問するも対応が悪かったので気分を害し鉢崎(はつざき)まで進みここ…
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