恋路橋 南山城村

こんにちは!
訪問有難うございます。今日は朝目が覚めたら午後1時近くになっていました。
東海地方 1時半過ぎたら雨が落ちて来ました。雷雨になりそうです!明日の天気は雨・・・鈴鹿8耐どうなるんでしょうか??
近況の状態はこんな感じで 外に出ることは出来そうもありません。
今回の紹介は 京都府の南山城村の恋路橋です。(いい名前の橋ですね!)
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南山城村にひとつ、この付近の木津川には潜没橋が架かる。四万十川などでは「沈下橋」と呼ぶ欄干の無い橋である。南山城村のそれには雅な名が付けられている。
恋志谷神社へは木津川にかかる通称「潜没橋(せんぼつきょう)」を渡って行く。橋は、増水すると流れに隠れるので、「沈み橋」あるいは「石橋」とも呼ばれている。長さは95メートル、幅3,6メートルの花こう岩の橋である。
 橋がかけられたのは、昭和20年3月。それまでは、渡し船が北・南大河原の集落を結んでいた。
 またこの橋は、南岸に鎮座する恋志谷神社の参道にもなっている。そこで平成8年に村のイメージアップを図るため橋の愛称を公募し、ロマンの香り漂う「恋路橋」と名付けられた。
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もともとは、病難を除く神であったが、今では恋を叶えてくれる神として信仰を集めている。
恋志谷神社の春と秋の大祭(4月2日・9月2日)には、恋のかけ橋といえるこの恋路橋を渡って、恋愛成就を願う多くの人達が訪れる。「縁結び」。この女と男を結ぶ「縁(えにし)の糸」ともいうべき赤い糸の信仰は、まさに時代を映す鏡なのでしょうか?
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恋志谷神社が気になったので ちょっとサーチして見ました。それによると・・・・!?
鎌倉時代末期、倒幕を企てていた後醍醐天皇は、その計画が幕府側に知れ、笠置山に身を潜めた。
 これを聞いた天皇の妃(きさき)は、伊勢で病気療養中だったが、病の体をおし、駆けつけたが時すでに遅し。妃が到着した時には、すでに天皇は追っ手から逃れるため、笠置山を跡にしていた。妃は悲しみと長旅の疲れで持病を再発。「恋い焦がれ、病に苦しむようなつらいことは自分一人で十分。人々の守り神になりたい」と遺言を残し、この世を去った。妃を哀れんだ人々が祠(ほこら)を建て、祭った。最期まで「恋しい、恋しい」と言い続けていたことから、愛着を込めて「恋志谷さん」と呼ばれるようになったという。
恋愛成就・子授け・安産の御利益があるという恋志谷神社 神社の御利益をネットで知った若い女性が、遠方から足を運ぶ。時代は変わっても、恋が人々の心をとらえることに変わりはなく、恋の成就を願う気持ちも変わらない。
それでは 場所を確認しましょう。

僕は埼玉県が住んでいる場所ですから このような橋が沢山あります。
島田橋 落合橋 八幡橋 若宮橋 多和目天神橋 (リンクで見てください、ガタガタの木製の橋です)
それでは 皆さんも通ることがありましたら 寄ってみてはいかがでしょうか?
最後に笠置の潜没橋
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南山城村の宿
レイクフォレストリゾート  民宿 童仙房山荘




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