奥の細道 宮城路 多賀城~登米

こんにちわ! 奥の細道の旅 宮城の 後半の部分に入ります。
宮城県多賀城市から案内して行きます。
末の松山 宝国寺
それより野田の玉川沖の石を尋ぬ。末の松山は、寺を造りて末松山といふ。
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末の松山
八幡(やわた)の宝国寺裏の丘にある「末の松山」は、恋愛模様を象徴する歌枕として多くの歌に詠みこまれました。松尾芭蕉は、「おくのほそ道」の行脚の途中ここに立ち寄り、無常を感じたことを書き表しています
「はねをかはし枝をつらぬる契りの末も、終にはかくのごときと、悲しさも増さりて」
多賀城市の記事 末の松山  沖の石
多賀城跡にいきます。
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かの画図にまかせてたどり行けば・・・・・壺の碑 市川村多賀城に有。
みちのくの 奥ゆかしくぞ おもほゆる つぼの石ぶみ そとの浜かぜ・・西行
青森県上北郡天間林村にもあるって?でもいいんです、芭蕉はここのいしぶみを見たんですから!
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多賀城跡  壷の碑 (私の見たまんま)
塩釜市に向かいます。
塩釜神社
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東北鎮護・陸奥国一之宮として、朝廷を始め庶民の崇敬を集めて今日に至りました。
芭蕉宿泊の地  船出の地
船をかりて松島にわたる。・・・・まずは雄島の磯に着くわけです。
松島と瑞巌寺につく。
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朱塗りの渡月橋を渡ると、108の岩窟があったといわれる雄島。現在は50程度しか残っていませんが、 その昔、死者の浄土往生を祈念した岩窟で、内部の壁面には卒塔婆や仏像、法名を彫った跡が数多く見られます。
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松島のシンボル・五大堂は、大同2年(807年)、坂上田村麻呂が東征のおり、毘沙門堂を建立したのが最初。 後に、慈覚大師円仁が円福禅寺(瑞巌寺の前身)を開いた際、「大聖不動明王」を中央に、「東方降三世」、「西方大威徳」、 「南方軍荼利」、「北方金剛夜叉」の五大明王像を安置したことから、五大堂と呼ばれています。
松島や 鶴に身をかれ ほととぎす・・・・曾良
瑞巌寺
慈覚大師円仁によって開創された奥州随一の禅寺で、伊達政宗公の菩提寺。 正式には臨済宗妙心寺派・松島青龍山瑞巌円福禅寺。瑞巌寺  五大堂
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松島観光協会  http://www.matsushima-kanko.com/index.html
石巻に向かいます
平和泉と心ざし・・・・・終に路ふみたがへて、石の巻といふ湊に出。
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日和山公園の お二人です。
石巻城跡で、桜・ツツジの名所。眼下には旧北上川河口とそれにつづく太平洋が広がり、牡鹿半島や松島・蔵王の山々が一望できる。
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石ノ森萬画館
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日和山公園2008  日和山2011  2013  住吉公園
仮面ライダー 仮面ライダーライダー ライダー
解ってもらえたでしょうか??
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河南にある八雲神社に寄って見ました。(奥の細道ではあまり紹介されていない)
遥かなる堤を行。ここで柳津の記念碑
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心細き長沼にそふて、戸伊摩と云所に一宿して、平泉に到る。

石巻から北上川に 沿って北上して登米にR342号一関街道を走り平泉へいきます。
登米市観光 http://www.city.tome.miyagi.jp/shou-kan/index.html
河に沿って走るのは なかなか気持ちがいいものですね。300年前も手段は変わっても この路を 行ったんでしょうね。
宮城路も終わりです。宮城の皆さん ありがとうございました。
新暦6月27~28日芭蕉は岩手に入ります。滞在日数が少ないので 追い越されますね!
宮城の前編に戻る・・・・http://45723082.at.webry.info/200706/article_11.html
岩手のi 岩手路に行きましょう!
              http://45723082.at.webry.info/200707/article_1.html
奥の細道旅全工程


えんぴつで奥の細道に沿った一覧

奥の細道前篇(深川~象潟まで)  奥の細道後篇(象潟~大垣)
(駐車場、地図、マップコードなど解ります)
これを見れば貴方も簡単に行くことが出来ます。
皆さんも奥の細道を旅してみませんか?
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