静御前の墓 (栗橋)

車で巡る奥の細道
春日部を発った芭蕉は次の宿泊地間々田に向かいます、奥の細道では
春日部宿で一泊した芭蕉は、三月二十八日(新暦五月十七日)、雨に降られながら、杉戸、幸手、栗橋、中田、古河、野木の各宿を通行し、この日の宿泊地、間々田宿に到着した。間々田は、江戸と日光のほぼ中間に位置する十一番目の宿駅
そして私は春日部と間々田の中間栗橋に立ち寄ることにしました。なんでって?義経内妻静御前の墓が在るからです。
栗橋駅のすぐ側です。 
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静御前は源義経の内妻で、文治5年9月15日(1189年)ここ栗橋町伊坂(旧村名:静村)にて悲恋の死を遂げたといわれています。
 その時、侍女琴柱は遺骸を当時この地にあった高柳寺(現・中田光了寺)に葬り、1本の杉の木を植えその印としました。弘化3年5月(1846年)利根川氾濫により枯れてしまい、この時、杉の変わりに銀杏を植えたそうです。
 「静女之墳」は、静御前の墓に印がないため、中川飛騨守忠英が、亨和3年5月(1803年)に建てたものと考えられています。

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美人(美墓?)ですので少し斜めからも見てみたいです。
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しずやしず賤 のおだまき繰り返し  昔を今になすよしもがな  吉野山嶺の白雪踏み分けて
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左側の石碑がビニールで覆われています、補修でもしているんでしょうか?
この写真だけ拡大できます。
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看板にはこのような事が書いてあります。(最大にすると読めますよ)
奥州路を下逸見(茨城県総和町)までやってきた静は、旅人から義経が先月平泉で討ち死にしたことを知らされ、精根尽き、伊坂(栗橋町)まで、引き返してきましたが、既に静は生きる望みさえ失っていました。
静は伊坂(栗橋町)の地で剃髪し尼となりましたが、その3ヶ月後の8月、義経の名を最後にこの世をさりました。

義経の好きな芭蕉さんなら知っていれば立ち寄っているでしょうと 勝手に私は行ってみた。
最後は場所の確認です。

駅前すぐで解りやすいですよ、駐車場は地図で駅の南側にコインパークがあり、そこに車を置いて見学するようです。1時間100円
静御前の墓とされる場所が何箇所もあるんですよ、皆さん知ってました。
参考までに 各地の静御前の墓 長岡市 福津市 香川県三木町 簡単にこれだけ出てきた。
youtube動画検索
栗橋&鷲宮観光PV
それでは皆さんいってらっしゃい!
旅の参考に!
埼玉県産業観光ガイドパンフ  埼玉関連パンフ(自分でチェック)
野木神社に進む・・・http://45723082.at.webry.info/200806/article_7.html
東陽寺に戻る・・・・・http://45723082.at.webry.info/200806/article_5.html
奥の細道トップ・・・・http://45723082.at.webry.info/200710/article_17.html
で ご覧になれます! よろしくお願いします!

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