多太神社 (小松)

こんにちわ!
今回は 石川県 小松市上本折町の多太神社の紹介です。
この神社には松尾芭蕉が元禄2(1689)年に立ち寄っています
2008年4月最新情報を追加!
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「此所、太田(多太)の神社に詣。実盛が甲・錦の切あり。往昔、源氏に属せし時、義朝公より給(賜)はらせ給とかや。げにも平士のものにあらず。目庇より吹返しまで、菊から(唐)草のほりもの金をちりばめ、竜頭に鍬形打たり。真(実)盛討死の後、木曽義仲願状にそへて、此社にこめられ侍るよし、樋口の次郎が使せし事共、まのあたり縁起にみえたり。
木曽義仲が実盛の供養と戦勝を祈願して実盛着用の兜を奉納したといわれています
本堂まで行く途中に像や句碑があります。2008年4月最新情報を追加!
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句碑のほうは入り口の方にあります。
2008年4月最新情報を追加!
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むざんやな 甲の下の きりぎりす
実に痛ましいことであるよ。甲の下でこおろぎが鳴いている。
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寿永2年(1183)5月、倶利伽羅峠の一戦で大敗を喫した平維盛を総帥とする平家の大軍は、加賀の篠原に再陣して抵抗を試みたが、木曾義仲軍の前に総崩れとなり都に逃走した。
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斉藤別当実盛公
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この時、踏みとどまって白髪を黒く染め、若者に伍して奮戦し、手塚光盛に討たれた、斎藤別当実盛は73歳であったと伝えられる。討ち取った首を池(現在の首洗池)で洗ってみると、黒髪はたちまち白髪に変った。
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実盛はかつて幼少の義仲を救った命の恩人で、義仲は実盛の首級と涙の対面をし、懇ろに弔い、その着具であった甲冑を多太神社に納めた。この甲、大袖、臑当は重要文化財に指定されている
木曽義仲誕生の地
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松尾神社もあるんですよ。2008年4月に行って気が付いた。
地図を最大に拡大してもわかります。

それでは地図を見て確認しましょう。

住所 石川県小松市上本折町72  多太神社 0761-22-4089
マップコード 120534391*71 駐車場になります。
それでは皆さん いってらっしゃい!
那谷寺に進む・・・・・・http://45723082.at.webry.info/200804/article_19.html
本折日吉神社・・・・・・http://45723082.at.webry.info/200805/article_2.html
建聖寺に戻る・・・・・・http://45723082.at.webry.info/200804/article_17.html
奥の細道トップ・・・・・http://45723082.at.webry.info/200710/article_17.html
ちょっと寄り道 
松井秀喜ベースボールミュージアム
              http://45723082.at.webry.info/200710/article_12.html
石川のグルメを見つけようhttp://45723082.at.webry.info/200804/article_14.html

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  • 跡-④

    Excerpt: 平家を追走し、木曽義仲軍の通った道を木曽街道という。 海野幸親、幸広、幸長(覚明)は、木曽義仲軍に従い、この木曽街道を義仲と共に進軍したはず。 先祖も通った、木曽街道の軌跡を追ってみた。 Weblog: Hisa-Bo's Walk racked: 2008-05-05 12:25
  • 木曽義仲産湯の清水2014

    Excerpt: こんばんは! 今回は嵐山町の記事です!RANRAN嵐山は木曽義仲が生まれた場所なんですよ! 皆さん知っていました?木曽義仲やると語っちゃいそうなくらい記事持っています。 画像は拡大できます。 Weblog: いきあたりばったり! racked: 2014-03-14 11:49

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